12月5日の写真です。今日12月13日も同じ場所で、同じ13羽が餌を食べていました。

昨年と比べ数はまだ少ないようです。昨年は50羽前後が春先までいましたから、これから数が増える可能性があります。
千葉県東部、太平洋に面した夷隅地域をベースにした自然保護団体です。 この地域は大都市に近接している割には自然と人々の生活との共生が図られている、希少な地域です。夷隅川流域の生物多様性が、多くの恵みを人々の生活にもたらしています。 この貴重な地域の動植物、それを生かした一次産業の在り方の提案、都市住民との交流促進などのイベント情報を発信していきます。 複数のメンバーがそれぞれの分野から発信する方式で運用します。
12月4日我が家の谷津田周辺を散策中にクロスズメバチの巣を見つけました。今年はまだ霜も降りないせいか、働き蜂が元気に活動をしていました。巣から土を出していたのも驚きです。例年ではそろそろ活動が鈍り、女王蜂のみが越冬している時期かと思います。
長野や山梨の方では食用昆虫としてよく知られています。15.6年前ですが、妻の実家(山梨)に遊びに行ったとき、偶然散歩していて巣を見つけて掘り出したことがあります。それを持ち帰ったところ、炒ってくれて食べたことがありますが、結構美味でした。缶詰としても売られていますから、機会があったら食べてみてください。そのハヤも家の近くの川では全く見られなくなってしまいました。食用にもしたし、メジロのすり餌にも利用したりしたものですが、寂しい限りです。
とはいえ、小雨が降ったりやんだりだったため、予定の前後を入れ替えて散策を後にすることとしました。前半に産業廃棄物処分場(埋立)が建設されようとしている現地をみて、建設反対地元住民の会の方から、お話を伺いました。
写真のヒラ場すぐ下が計画地の谷です。
処分場建設された場合の悪影響として、①下流域や海への水質汚染と健康被害・漁業被害、②大型運搬車両の交通問題、③理想郷周辺の景観破壊などが想定され、また従事企業の倒産による責任放棄も予想されるため、地域の住民たちで反対運動をしているとのことです。
その後、後半として鵜原理想郷の遊歩道を歩き、歴史・自然を探索しました。
以下、当日資料、泉博幸氏による理想郷の概要です。
・鵜原周辺は三島由紀夫に短編「岬にての物語」のなかで「類ない岬の風光、優雅な海岸線、せまいが言いしれぬ余韻をもった湾口の眺め、たわわなる岬のかずかず、殆んど非の打ち処ない風景」と言わしめた景勝地である。
・理想郷は、大正時代に青年実業家と地元素封家とが養魚場設置の後、世界にも例のない壮大な別荘地として開発を夢見た土地で、「鵜原理想郷土地合資会社」を設立して時の政府高官や財界人たちの購入参加者も多く集めた。
・別荘地だけではなく、運動場、温浴場、教育施設なども計画されていた。
・関東大震災と昭和金融恐慌・世界恐慌を迎えたため、実現されず「殆んど非の打ち処ない風景」が維持され今日に至っている。・理想郷直営の旅館として「鵜原館」が創業され、今日理想郷や文人の資料を保有している。 なるほど、理想郷といわれるいわれを知ることができました。まず遊歩道入口にある「鵜原館」を訪ね、ご好意により館内と文人らの資料を見せていただきました。鵜原のすばらしい景勝を眼下に眺めることができる理想郷の歴史を留める旅館です。客室の窓辺、離れやそこの庭、展望は、大正昭和の避暑地の光景を彷彿とさせてくれます。写真は、離れと庭です。
そして、今回旅館の内部の洞窟温泉や遊歩道のズイ道が、旧日本軍が掘った戦争遺跡でもあることを新たに認識させられました。トンネルの岩のつるはしの跡が、それを掘って額に汗したであろう兵隊さんに思いを巡らせます。 遊歩道散策では、海岸の植物観察、理想郷の崖上・入江・海の景観を探訪しました。南房総の照葉樹林である濃い緑の中にも紅葉の色が混じっていました。芝の草地が広がる高台からは、雨上がりの光り輝く鵜原の海を臨みました。