2011年8月2日火曜日

復元された太東海浜植物群落地天然記念物碑

太東海浜植物群落地の天然記念物碑が3月11日から横転し移動されていたものが、本日(8月2日)復元されているのを確認してきました。(昨日復元しようです)太東海浜植物群落地が天然記念物に指定さtれたのは、1920年(大正9年)で、わが国では最も古い(成東東金食虫植物群落地も同じ年)。 スカシユリが例年より、遅く開花したようです。スカシユリの咲いているところまで津波が押し寄せたと言われています。丸太に似せたコンクリートで作られた柵ですが、破壊されたところはそのままです。

2011年6月2日木曜日

 先週の土曜日、5月28日から、いすみ市山田地区でゲンジボタル祭り(鑑賞の夕べ)がスタートしています。でもって、大変遅くなりましたが、今年の幼虫の上陸から成虫の発生(現在)までの状況を報告します。

◆終齢幼虫の上陸調査・・・何故調べるか
 3月下旬から4月中旬、雨の夜、ゲンジボタルの終齢幼虫は水から出て付近の草むらへ、そして土の中に、蛹となり土繭を作ります。そして上陸から50日後、成虫となって飛びたちます。
 上陸のピークが分かれば、その約50日後に成虫の発生のピークがやってくるであろうと予測できます。

◆今年の幼虫上陸状況は?
 今年は本当に雨の少ない春でした。3月初めから4月中旬過ぎまでの約50日で、雨が降ったのは、3/21,22、4/9,15,16の5日間のみでした。お陰で上陸のピークははっきりと分かりました。
 大きなピークは4月9日で、私とびっけさんの二人で一晩で千個体を超えるであろう数の上陸を確認しています。そしてこのことから、「5月20日前後から少しずつ飛び始め、5月29日頃にピークを迎え、その後10日間ほどいい状態が続く」と予想しました。

◆で、成虫の発生状況はどうだったのか?
 ゲンジボタルの初見日は5月17日、20日には10匹近くまで増え、25・26日には全体で数百の単位にまで増えてきました。でもって予想通り28日頃から本格的なピーク・・・・、と思っていたら、先日の台風、その後の低温で、5日間ほとんど飛ばない日が続きました。

◆6月を迎えて
 今日やっとゲンジボタルの飛翔発光が再開しました。それもかなりの数が出てきています。
 数が多いのは山田四区の田園の中央を流れる用水水路上では300~400の個体が群れ飛んでいました。他にも100匹程度の個体群が3ヶ所で確認されています。

◆天気予防は明日から下り坂、でも金曜日の夜は晴のマーク?!
 今年一番のピークは、今日だったのか、それとも金・土曜あたりが今年一番のピークのなるのか・・・・乞うご期待というところでしょうか。

◇みなさん
 夷隅郡市自然を守る会では、今年もライスセンター駐車場の中に案内テントを出しています。
 時間のとれる方、是非ともホタルと見たいという方は、気軽にお立ち寄りください。
 お会いできるのを楽しみにしています。

2011年5月6日金曜日

いすみこども祭り

第3回のいすみこども祭りが、5月5日こどもの日、大原文化センターで、多くのこどもたちの参加で行われました(1200名)。夷隅郡市自然を守る会も参加団体として、海の生きものにさわろう、自然写真として、そとぼうの生きものの写真と説明で展示しました。
次の世代を担うこどもたちに伝えるとても良い機会であることのなので、毎年展示を行ってきています。写真展示では、主にいすみにはこんな生きものがいるんだということをこどもたちに認識してもらおうと、布留川さんには、いすみの野鳥、そして、てぐすなどによって被害を受けている衝撃的な写真展示もしていただきました。
こどもたちも大変ショックを受けていたようです。青木さんには、いすみ環境と文化の里の生きものたちを、質問をまじえながら展示していただきました。西さんには、この間4回にわたって岬町中根地区の田んぼの水路の生きものを調査したものを、こどもたちにわかりやすく展示していただきました。
大藪についてはチル・パラに8回掲載していただいたそとぼうの自然シリーズの記事を紹介し、それに関わった新たな写真も展示しました。
生きものにさわろう!は毎年人気があり、滝口さん、宮内さん、市川さんは大忙しでこどもたちに対応していました。
最後に展示にご協力していただいた皆さん、準備、片付けにご協力していただいた方に、この場をお借りしてお礼を申し上げます。ありがとうございました。


こども祭りポスター(内容)


海の生きものにさわろう!展示


自然写真展示  
北澤さんたちのコンサート

 団員が人形劇公演後、こどもたちとの交流
木谷安憲さんのご指導による絵画ワークのこどもたちの作品

ミニ鉄道(燈台クラブ)                

2011年4月17日日曜日

海浜植物群落地被災!

4月17日(土)に海浜植物天然記念物指定地を訪れたのですが、記念碑が津波で破壊されていました。また。その様子を掲載しましたのでご覧下さい。 記念碑が津波によって押し倒され3mくらい陸側へながされる。

海浜植物群落地脇の道路のガードレールと柵。震災前もかなり波等で破壊されていたのが、一層破壊されたと思われます。群落地の柵もかなり投げ倒されていました。


干潟の淵の護岸していたビニール製のじゃがこみたいなものが、津波で淵(岸から遊離。



津波で一変した干潟の光景。アオノリの船着場が岸から離れたところに。ということは干潟の淵(岸)が津波で削られたというこなになるのかな。




干潟の砂浜に生えていた枯れたススキ類の群落がなぎ倒された光景。



海浜植物群落地に接する、旧浜見屋食堂 の窓が破壊された光景。



津波で 旧浜見屋食堂の破壊された光景。

2011年4月2日土曜日

大震災被災地を訪問しました

3月31日東日本大震災311から20日後、御宿牛舎8号の三成さん、守る会(手塚、中村、菊池、伊藤)プラスYAMAちゃん6名で石巻方面の被災地を訪問しました。 皆からの支援物資、カンパを携え朝5時、日帰りで出発しました。仙台を過ぎ、古川まで、そして途中で現地案内を受けていただいた田代さんと合流し、最初の目的地、石巻専修大学キャンパスへと、午後1時過ぎに到着。 そこで当初の役割である車の引き渡し(千葉にいる方から妹さんへ渡す移送のお手伝い)先のAさんにお会いし、更に詳しい現地の状況をお聞きしました。援助物資をより効果的に届けようと雄勝町へと行くことになりました。下のマップがその日のルートです。 雄勝町に入る手前、北上川本流河口から約4.5キロ入った最初の橋の手前、堤防が決壊し津波が奥地まで侵入し、まだまったく水の引かない地域を通りました。TVでは放映のない地域です。本流の橋は3分2のところぐらいで破壊され、上流500メートルぐらいに切れた橋が流されていました。
雄勝町の中の状態は完全に壊滅状態です。海沿いだけでなく高台にある家まで土台を残し家本体が隣の敷地に移動している有様です。
今の海は、元通りの鏡のような波一つない静けさです。それだけに津波の状況が想像できません。車の中でも皆声が出ない、言葉にならない状態が続きました。
この街では避難先の2箇所に訪問。それぞれ、お年寄りと子供たちは市内の大きな避難所に移動し、残っている方たちは壮年の方々で、瓦礫の片付けと自衛隊や警察との対応のために残っているようでした。

軽油、灯油から食糧、衣料品なんでも受け取っていただき、ビールには顔をほころばせて喜んでもらいました。被災から3週間、気持ちは張り詰めたままですが「これが飲みたかったんだよ~」と、心の余裕が感じられました。
それから海岸伝いに女川へ移動。つい数日前に開通した道です。女川港を見下ろす公園からの写真ですが、この手前のところには湾をまたぐ大きな灯台が付いた防波堤があったとのことですが、完全に破壊されていました。


大規模な避難所である町の総合体育館を訪問しました。クラウンの恰好はできませんがYAMAちゃんによるジャグリングを許可してもらい、さっそく案内してもらったところ、子どもだけでなく大人たちも大喜びです。プロの技に、みんなで大きな拍手。子どもたちにせがまれ最後まで風船を膨らませていたヤマちゃんには1時間以上も働いてもらいました。
とっぷり日が暮れて、雨模様の避難所から東京へ帰る前の集合スナップです。現地の人に喜んでもらえたのが良かったと思いました。


この後、メインの車のパンクまでおまけがついて、その修理工場のオヤジさんが「千葉から支援に来ていただいた人から金はとれないよ」と特別値段、大特急で修理してもらいました。
高速インターに入る前、全国一律同じメニュー・サービスの「COCOS」で晩飯を田代さんと一緒にとりました。田代さん、Aさんご兄弟には大変お世話になりました。
帰りの東北道はかなりガタついてましたが、ミン君、松洋さんのタフな運転で、無事翌朝5時には、いすみにつきました。


さて、震災への支援は緊急段階から、息の長い復興段階へ移っていきますが、原発災害がこの復興に、いかにブレーキをかけるのか、腹立たしい限りです。「原子力の平和利用」なんていう余計なことをしてくれたために、災害復興へのエネルギーが大きくそがれ、国民の負担を倍加させるものです。


私たちの出来ることはわずかですが、先人達が築いてきた自然との節度ある正しい付き合い方から、私たちが学び、原子力とコンクリートに頼らない国づくりを目指す、いろんな活動をすることかなと思います。

2011年3月18日金曜日

津波被災地旭市へのボランティア













3月18日に津波被災地の旭市にボランティアをしてきました。いすみ市から被災地に向かう県道30号では、川沿いが津波の影響を受けていました。旭市近くなるにつれて、被害の度合いが増していきました。旭市役所到着後、被害対策本部で受付、活動場所が割り当てられました。一緒に行きました3人(教え子とお父様)他50名くらいは、おせんべいを作っていた山田食品に割り当てられました。工場は壊滅的で、津波によって運ばれた瓦礫、土砂等が堆積し、製造機械も横転したり、製造中のおせんべいが散乱したりして惨憺たるものでした。柱も土台から離れて家屋の倒壊も心配なところもありました。大学生、高校生、一般の方々と大いに交流ができました。最後に、東北地方の(原発事故も)被災された方々、千葉県を含めすべての被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。復興目指して頑張ってください。自分でできることで応援していきます。

2011年2月24日木曜日

生きものに優しい地域づくり見学会

 2月19日(土)に夷隅川流域生物多様性保全協議会(生物多様性センター内)主催の「生きものに優しい地域づくり見学会」に参加してきました。もちろん守る会もこの主要な構成員であり、会長はじめ役員や多くの会員が協力参加しています。それぞれの方からも報告があると思いますが、谷津田コースに参加した感想を書きます。
                                                   
 2カ所見学させていただきましたが、ここはもともと耕作が放棄され、原野になっていたところなのかと疑ってしまうくらい再生の手が進んでいました。
 なかなか谷津田再生プロジェクトに関われないで今日まできてしまいましたが、その再生に向けたプロジェクトの皆さんのエネルギーに驚かされるばかりでした。藪であった谷津が見事に再生されてきているのに目を見張るばかりです。
 また、そこに集まった人々が楽しんで関わっていることに感心しました。一番喜んでいるのは生きもののような気がします。掘り起こされたばかりの水路や淵(田んぼの端の池としておきます)には、トウキョウサンショウウオやニホンアカガエルの卵塊が沢山見られました。

 谷津田再生会の皆さんがcop10に参加されたときに作成された紙芝居も楽しめました。移動中飽きさせないだけでなく、そこに集う人たちが元気になって帰っていく様子や子どもたちの思いっきりの笑顔などが紹介され、すばらしい活動だと思いました。

 昼食は牛舎8号(村石鶏卵牧場)さんで、新鮮な平飼養鶏卵と無農薬米の卵かけご飯とイノシシの自家製醤油漬けのリブを焼いて提供してくださいました。生きものにも人にも何ともやさしい贅沢なランチでした。


 お腹もいっぱいになったところで、意見交換をしました。地域を活性化したいと思っている。田舎暮らしをどこにするか探す目的で参加した。田舎暮らしを求めて夷隅に住み始めて人との出会いを求めてきた。自然に関わり保全していくことをお手伝いしたいと思っている。農に興味を持ち田舎暮らしをはじめた、参考にしたいと思って。牛舎8号さんのところに展示してある田部さんの作品を鑑賞して丸木美術館に訪れたときと同じ感動をした。体力はないがこのプロジェクトに関わってみたい。維持管理費用は今後どうするのか。などなど。様々な意見交換ができました。


 最後に、いすみ市農村環境改善センターで全体会が行われました。

里山、谷津田、灯台の各コースから意見交換の様子や感想が報告され、全体会でも意見交換がなされました。この生きものに優しい地域づくりに賛同はするものの、取り組みの今後の行方や発展性に関心が多かったです。

 また、誰しもが考えるところですが、啓発だけでなく維持管理継続していくにはどうしていくのかという問題も指摘されました。


 最後に、農村環境改善センターに向かう途中、布施の田んぼでコハクチョウの採餌行動を観察することができました。私が、帰るとき(PM5時)にもまだいました。北帰行が近いのかエネルギーを蓄えるのに夢中のようです。

                   

2011年2月6日日曜日

冬鳥の観察会

2011年2月6日、毎年恒例の冬鳥の観察会で20名弱の方々が集いました。好天に恵まれ、気温もちょっと高めの心地よい観察会でした。御宿公民館に集合、本会の副会長、千葉県野鳥の会のメンバーでもあります鈴木藤蔵さんにガイドしていただきました。まず、新田のコハクチョウをウオッチングしました。50羽弱正確には47羽ではないかとTeさんはおっしゃっていました。なぜそのように瞬時に、正確に数えられるのですかという私の質問に、2,3→5というように5の数にして何倍になるかというようにすると数えやすいんですよ、とおっしゃっていました。読者の皆さんもぜひそのように数えたらどうでしょうか。
その後、別の場所の水辺にいるコハクチョウを観察しました。ここにも50羽弱いました。今年度100羽弱来た報告はなく、疑問に感じたTeさんすぐさま新田に確認に行かれました。予想したとおり?いませんでした。99% 新田と、水辺の個体群は同じだといえそうです。何と白鳥たちは私たちのために移動してくれたのです。今年の白鳥たちは、あちこちに移動して餌を食べたり、休んだりしているようです。お昼は、紅梅が樹冠の上の方を赤くして咲いている音羽の森で食べ、交流しました。解散後は希望者で清水寺を見学、お参りをしました。

御宿公民館の駐車場に集った参加者たち。

新田のコハクチョウ

盛んに二番穂をむさぼり食っているところ。
二番穂をむしゃむしゃ食べている若い個体のコハクチョウ

水辺で休息しいるコハクチョウたち

水を飲んだ後、斜面」を一気駆け上がるツグミ

水辺に接する斜面に生えている樹木でTaさんが発見したスズメバチの巣

水辺のヒドリガモ
水辺のカルガモの群れ

白いこうもりより