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2012年7月23日月曜日

中国内陸と台湾留学生が作成したサーフボードスタンド

 千葉大学院工学研究科、デザイン科学専攻、デザイン文化計画研究室(鈴木教授、植田教授)の中国内陸と台湾留学生5名が、7月13日、20日の2日間にかけて、和泉浦海岸に打ち上げられている流竹木を活用して、サーフボードを立てかけたり、ウエットスーツを掛けるスタンド兼掲示板(自然環境に関するニュースを掲示)を作成しました。完成した作品は、太東ビーチに設置されました。今後、このスタンドがサーファーの方々に利用され、兼掲示板としても自然保護のプロパガンダとして活用されていくのではないかと思っています。白いコウモリより

掲示板として:夷隅郡市自然を守る会の活動、サーファの方々の協力、活動が紹介されています

   
掲示板として:夷隅川河口、海岸に打ち上げられている流竹木の現状を紹介し、どうしてこのような状況になっているかを説明しています
                  
掲示板として:1回目の流竹木の採集、スタンド作成の様子が説明されています。
                              
1回目の作業後の記念撮影。サーフショップ「KENNY」の前にて。左から詹舒婷(センジョテイ)さん、張黎(チョウ レイ)さん、張頴(チョウ エイ)さん、ケニーさん、大藪、胡正軻(コ セイカ)さん、戴薪辰(タイ シンシン)さん

                      
和泉浦海岸に打ち上げられていた長い竹を短く切っています 
                  
スタンドの素材となる流竹木を一所懸命竹を運んでいます 

        
ビーチクリーンもしてくれました。流竹木を拾い、焼却するところに運んでくれるところです。感謝!感謝!感謝!                                    

        
2回目のこの日は雨が降っていました。そこで大藪宅のカーポートの下で作業をしました

スタンドが完成して、達成感で満面の笑みの留学生

                       
1回目の海岸での作業。ケニーさん(本名泉さん)実は日本人です。何かしら留学生にアドバイスを与えています
完成したサーフボードスタンドと5人の中国内陸と台湾留学生。太東ビーチ

左から3人目はウエットスーツ姿のケニーさん

サーファーの方々との記念撮影。海に遊びにきていた子供が私達の前を横切ろうとしています

プロサーファーケニーさんが留学生たちに華麗なライディングを披露してくれました。

波に挑戦するケニーさんの勇姿と愛用のサーフボード

  太東ビーチに押し寄せる荒波を背景に、ケニーさんと留学生の記念撮影

太東駅での記念写真。留学生の皆さん本当にお疲れさまでした。明後日の大学での発表会頑張ってください!とお別れしました

海の家「KIMIZUKA BEACHSIDE HOUSE」に利用されているスタンド。左はオーナーご夫人の君塚さん

留学生の皆さんの感想
 ☆台湾からの交換留学生です。交換留学生として、いすみ市の皆さんと一緒に活動したことは珍しい体験です。学校の授業でいすみ市の環境問題を認識し、その問題を解決することによって、いろいろ勉強になりました。楽しかったです。――詹舒婷(センジョテイ)
 ☆流竹木を利用して、物づくりをし、完成させることができたことは、すごく嬉しく思っています。
数回、いすみ海岸で作業をやったり、サーベイしたり、地元の人々と交流をしました。皆さんお疲れ様でした。日本の田舎を体験しました。本当に美しいところですねぇーーーー

今回の文化計画デザイン論を通して僕にとってはいい経験なりました。又、自分の人生のいい思い出になると思います。素晴らしい体験をさせていただきました。地元のみなさん!本当にありがとうございました。――胡正軻(コセイカ)
四回いすみの海岸をお邪魔して、海岸の天気というのが、急変することも分かるようになりました。初めて海岸へ行った時は雨も降り、寒くてたまらないでした。初めの海岸作業の時は三十度もあったので、日焼けで一皮むけました。二回の海岸作業を通して、地域の方々にご協力をいただいて、すごく勉強になりました。――戴薪辰(タイシンシン)
地域の人と直接連絡を取り合ってお会いし、活動して行くのは初めてでした。理解出来ない場合は優しく説明してくれましたし、いろいろなアドバイス、いい写真、お手伝いなどを頂き、心より感謝しています。今回の授業の収穫は、そのスタンドだけではなく、問題を解決していくにはどうすれば良いか、という術を身につけることもできました。人と人の心の絆も強くなりました。いすみ市の自然環境に対する大藪さんの気持ちも強く感じられました。そして、大藪さんとケニーさんのお力も受けた今回の活動が、流竹木の問題を少しでも解決していくことになれば嬉しいです。夷隅郡市自然を守る会のご協力本当にありがとう大藪さんの御蔭て、いすみ市の流竹問題についての調査を順調に進めることができました。初め、植田先生と一緒に大藪さんのお宅を伺いました。大藪さんは留学生の私たちにとても優しかったので、初対面の不安を徐々になくしていきました。日本語で喋った時に、分からない時は、いつも親切に教えてくれました。夷隅郡市自然を守る会のご協力本当にありがとうございました。張穎(チョウエイ) 
 
 いすみ市の流竹問題の厳しさは、予想より酷いです。問題を徹底的に解決するには、持続的な方法が必要ではないかと思いました。子供は未来ですから、子供を中心としたワークショップで、流竹を活用する活動を行おうと考えました。しかし、一ヶ月だけの期間でワークショップを実施するには、かなり無理だと思いました。みんなが困った時に、大藪さんがサポートでしてくれましたので、大変助かりました。時間が限られていましたが、大藪さんのアドバイスのお蔭で、二回で完成させることができました。ケニーさんとサーファーの人たちの嬉しい顔を見た時、納得しているんだなと実感しました。そして、胸の中に、言葉だけで表せない感動と喜びが一杯あります。 
 製作の過程中で、いろいろな困難に出会ったり、解決方法に悩んでいた時に、大藪さんの指導で解決することができました。
 いすみ市から戻って、もう一週間が経ちましたが、大藪さん、ケニーさん、それにみんなの笑顔がよく浮かびます。いすみ市の思い出は、私の人生の中でも、大切なものになりました。本当にありがとうございました。今後とも、ぜひよろしくお願いいたします。 張黎(チョウレイ)

2012年6月10日日曜日

中国内陸と台湾留学生がいすみを元気に!


6月7日千葉大学大学院の植田先生と中国内陸と台湾留学生の方々(:胡正軻さん、張頴さん、張黎さん、戴薪辰さん、詹舒婷さん)が大藪宅に訪れました。目的は、いすみのサーファーの方々に、夷隅川から流れてくる流竹木(場合によっては、生育し過ぎている竹)を使ってサーフィン文化に活かせるものはないかと、そのヒントを得るためにやってきました。その後、夷隅川河口の視察をしました。
お話したことと、現地視察したことを踏まえて、いすみが元気になる新たなサーフィン文化の企画、提案が創出されることを期待しています。又、これを機に中国、台湾といすみの新たな栄光の架け橋になることを願っています。白いコウモリより
                             
視察後、夷隅川河口で、荒れ狂う荒波をバックに記念撮影をしました。
大学院留学生たちと植田憲教授(千葉大学大学院、工学研究課、デザイン科学専攻、デザイン文化計画研究室、右から2番目)

夷隅川南岸(右岸)の三軒屋海岸を視察中に、貴重な花と果実を付けたハマボウフウが見られ、留学生たちも感動していました。

河口の防波堤の内側は、このように、先日の大雨で大量の流竹木がテトラポットに引っ掛っていました。留学生もこれを見て思わず唖然としていました。

2012年4月16日月曜日

春の観察会下見調査

観察場所の平沢川の景観

石の上で群れている カワニナの幼貝(100円玉と比較してみてください)


バケツに採集した水生生物たち



ミルソウに入れた水生生物。ヘビトンボの幼虫が沢山採集された



川原で生育していたイラクサ



川原で生育していたネコノメソウ



4月16日月曜日

春の観察会の下見調査
4月16日、A,I,T,M,Kご夫妻、Oの6人で大多喜駅に集り、4月22日の夷隅郡市自然を守る会の春の観察会の場所(平沢)を下見してきました。観察場所はいうまでもなく、ゲンジボタルが大集団で乱舞する場所です。そのように乱舞する渓流の生物相はどのようになっているのか、その辺を知りたいのが、観察会ねらいで、下見はその事前の調査ということで実施しました。調査してみると、魚類を除く、水生生物の宝庫ということが掴めました。ゲンジボタルの幼虫の餌であるカワニナですが、親、あるいは5mmを越すサイズのものが全く見られるず以外でした。5mm以内のカワニナは結構みられました。大きいカワニナは食べつくされたのかも知れません。今日あたりも幼虫は上陸していると思われますが、成虫の乱舞する個体数に影響があるかどうか。陸上の植物ではちょっと挙げてみると、ネコノメソウ、コオニタビラコ、ウラシマソウ、キブシ、イヌシデ、タラノメ、クマノミズキ、カキドウシ、タチツボスミレ、イラクサ、キランソウ、カラスザンショウ、ヤマザクラ、オオシマザクラが見られました

2011年5月6日金曜日

いすみこども祭り

第3回のいすみこども祭りが、5月5日こどもの日、大原文化センターで、多くのこどもたちの参加で行われました(1200名)。夷隅郡市自然を守る会も参加団体として、海の生きものにさわろう、自然写真として、そとぼうの生きものの写真と説明で展示しました。
次の世代を担うこどもたちに伝えるとても良い機会であることのなので、毎年展示を行ってきています。写真展示では、主にいすみにはこんな生きものがいるんだということをこどもたちに認識してもらおうと、布留川さんには、いすみの野鳥、そして、てぐすなどによって被害を受けている衝撃的な写真展示もしていただきました。
こどもたちも大変ショックを受けていたようです。青木さんには、いすみ環境と文化の里の生きものたちを、質問をまじえながら展示していただきました。西さんには、この間4回にわたって岬町中根地区の田んぼの水路の生きものを調査したものを、こどもたちにわかりやすく展示していただきました。
大藪についてはチル・パラに8回掲載していただいたそとぼうの自然シリーズの記事を紹介し、それに関わった新たな写真も展示しました。
生きものにさわろう!は毎年人気があり、滝口さん、宮内さん、市川さんは大忙しでこどもたちに対応していました。
最後に展示にご協力していただいた皆さん、準備、片付けにご協力していただいた方に、この場をお借りしてお礼を申し上げます。ありがとうございました。


こども祭りポスター(内容)


海の生きものにさわろう!展示


自然写真展示  
北澤さんたちのコンサート

 団員が人形劇公演後、こどもたちとの交流
木谷安憲さんのご指導による絵画ワークのこどもたちの作品

ミニ鉄道(燈台クラブ)                

2011年4月2日土曜日

大震災被災地を訪問しました

3月31日東日本大震災311から20日後、御宿牛舎8号の三成さん、守る会(手塚、中村、菊池、伊藤)プラスYAMAちゃん6名で石巻方面の被災地を訪問しました。 皆からの支援物資、カンパを携え朝5時、日帰りで出発しました。仙台を過ぎ、古川まで、そして途中で現地案内を受けていただいた田代さんと合流し、最初の目的地、石巻専修大学キャンパスへと、午後1時過ぎに到着。 そこで当初の役割である車の引き渡し(千葉にいる方から妹さんへ渡す移送のお手伝い)先のAさんにお会いし、更に詳しい現地の状況をお聞きしました。援助物資をより効果的に届けようと雄勝町へと行くことになりました。下のマップがその日のルートです。 雄勝町に入る手前、北上川本流河口から約4.5キロ入った最初の橋の手前、堤防が決壊し津波が奥地まで侵入し、まだまったく水の引かない地域を通りました。TVでは放映のない地域です。本流の橋は3分2のところぐらいで破壊され、上流500メートルぐらいに切れた橋が流されていました。
雄勝町の中の状態は完全に壊滅状態です。海沿いだけでなく高台にある家まで土台を残し家本体が隣の敷地に移動している有様です。
今の海は、元通りの鏡のような波一つない静けさです。それだけに津波の状況が想像できません。車の中でも皆声が出ない、言葉にならない状態が続きました。
この街では避難先の2箇所に訪問。それぞれ、お年寄りと子供たちは市内の大きな避難所に移動し、残っている方たちは壮年の方々で、瓦礫の片付けと自衛隊や警察との対応のために残っているようでした。

軽油、灯油から食糧、衣料品なんでも受け取っていただき、ビールには顔をほころばせて喜んでもらいました。被災から3週間、気持ちは張り詰めたままですが「これが飲みたかったんだよ~」と、心の余裕が感じられました。
それから海岸伝いに女川へ移動。つい数日前に開通した道です。女川港を見下ろす公園からの写真ですが、この手前のところには湾をまたぐ大きな灯台が付いた防波堤があったとのことですが、完全に破壊されていました。


大規模な避難所である町の総合体育館を訪問しました。クラウンの恰好はできませんがYAMAちゃんによるジャグリングを許可してもらい、さっそく案内してもらったところ、子どもだけでなく大人たちも大喜びです。プロの技に、みんなで大きな拍手。子どもたちにせがまれ最後まで風船を膨らませていたヤマちゃんには1時間以上も働いてもらいました。
とっぷり日が暮れて、雨模様の避難所から東京へ帰る前の集合スナップです。現地の人に喜んでもらえたのが良かったと思いました。


この後、メインの車のパンクまでおまけがついて、その修理工場のオヤジさんが「千葉から支援に来ていただいた人から金はとれないよ」と特別値段、大特急で修理してもらいました。
高速インターに入る前、全国一律同じメニュー・サービスの「COCOS」で晩飯を田代さんと一緒にとりました。田代さん、Aさんご兄弟には大変お世話になりました。
帰りの東北道はかなりガタついてましたが、ミン君、松洋さんのタフな運転で、無事翌朝5時には、いすみにつきました。


さて、震災への支援は緊急段階から、息の長い復興段階へ移っていきますが、原発災害がこの復興に、いかにブレーキをかけるのか、腹立たしい限りです。「原子力の平和利用」なんていう余計なことをしてくれたために、災害復興へのエネルギーが大きくそがれ、国民の負担を倍加させるものです。


私たちの出来ることはわずかですが、先人達が築いてきた自然との節度ある正しい付き合い方から、私たちが学び、原子力とコンクリートに頼らない国づくりを目指す、いろんな活動をすることかなと思います。

2011年3月18日金曜日

津波被災地旭市へのボランティア













3月18日に津波被災地の旭市にボランティアをしてきました。いすみ市から被災地に向かう県道30号では、川沿いが津波の影響を受けていました。旭市近くなるにつれて、被害の度合いが増していきました。旭市役所到着後、被害対策本部で受付、活動場所が割り当てられました。一緒に行きました3人(教え子とお父様)他50名くらいは、おせんべいを作っていた山田食品に割り当てられました。工場は壊滅的で、津波によって運ばれた瓦礫、土砂等が堆積し、製造機械も横転したり、製造中のおせんべいが散乱したりして惨憺たるものでした。柱も土台から離れて家屋の倒壊も心配なところもありました。大学生、高校生、一般の方々と大いに交流ができました。最後に、東北地方の(原発事故も)被災された方々、千葉県を含めすべての被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。復興目指して頑張ってください。自分でできることで応援していきます。